美容教室の「妖怪リンパ流し」
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先日、母から「最近、美容教室に通い始めたんだけど、ちょっと変わった先生がいるのよ」と聞かされた。
母は昔から美容への関心が強く、新しいもの好きだから、まあ、よくある話だと思っていた。
でも、その先生の話が次第に奇妙になっていった。
「なんていうか、すごく丁寧なの。
肌の手入れの仕方とか、メイクのコツとか、どれもすごく勉強になるんだけど、時々、妙なことを言うのよ。
『このリンパを流すと、運命が変わるわよ』とか、『あなたの顔には、まだ見ぬ『妖怪』が巣食っているわ』とかね。」
母は、そういうスピリチュアルな話はあまり信じるタイプではない。
だから、先生の言葉も冗談半分に受け流していたらしい。
だがある日、母は美容教室の帰りに、いつものように駅前のスーパーに寄った。
すると、レジで並んでいる時、後ろにいた女性が、母の首筋にそっと触れてきたという。
反射的に振り返ると、その女性は、美容教室の先生だった。
「あら、〇〇さん。
まさかこんなところでお会いするとは」
先生はそう言って、母の首筋を撫でた。
その指先が、妙に冷たい。
「あの、先生…」
母が何か言おうとした瞬間、先生は母の耳元で囁いた。
「あなたの『妖怪』、見つけましたよ。
この『妖怪リンパ流し』で、綺麗に流してあげましょう。」
そう言って、先生は母の首筋の、ある一点を強く押した。
その瞬間、母は全身に電流が走ったような感覚に襲われた。
視界がぐにゃりと歪み、耳鳴りが激しくなる。
気がつくと、母はスーパーの床に倒れ込んでいた。
周りの人々が心配そうに駆け寄ってくるが、母には何も聞こえない。
ただ、首筋の押された場所が、まるで内側から焼けるように熱い。
家に帰ってきた母の様子は、明らかに異常だった。
顔色は青白く、目は虚ろ。
そして、何よりも母を怯えさせていたのは、首筋だった。
触れると、まるで生き物のように、皮膚の下で何かが蠢いているような感覚がするというのだ。
「これ、どうすればいいのかしら…」
母は力なくそう呟いた。
その声には、恐怖と、そしてかすかな諦めが混じっていた。
あの美容教室の先生、そして「妖怪リンパ流し」とやらが、一体何だったのか、母はもう知りたくもなかった。