鏡のケンジ

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高校の図画工作教室。 いつも、空気が重い。 特に、机と椅子が固定されているのに、 時折 カツン、と硬い音 が響くのが気になった。 先生に言っても「気のせいだよ」の一点張り。 クラスメイトのケンジは、そんな教室を気に入って、いつもうるさく話していた。 中二病全開で、「魔導書」を広げたり、「結界」を張ったり。 あの日も、ケンジはいつものように騒いでいた。 学校の七不思議にまつわる話で、図工室にまつわる怪異があるらしい。 「なあ、みんな知ってるか? この図工室、昔は…」 ケンジが語り始めた時、 遠くから 「トン…トン…」 と、 木材を叩くような音が聞こえた。 図工室はもう使われていないはずなのに。 音は次第に近づいてきて、 誰かが教室のドアをノックするようなリズムになった。 ケンジは「来た来た!」と興奮していたが、 私は 背筋に冷たいもの を感じた。 ケンジがおしゃべりをやめ、耳を澄ます。 音は、ドアではなく、 教室の奥、普段は誰も使わない 古い戸棚 の方から聞こえるようだった。 「トン…トン…トン…」 今度は、戸棚の扉が 内側から叩かれている ような音だ。 ケンジが「俺が開けてやる!」と、戸棚に駆け寄ろうとした。 だが、その時、教室の隅にある 大きな鏡 に、私たちの姿が映った。 ケンジが戸棚に近づくにつれて、 鏡に映るケンジの姿が、 妙にゆっくりと動く のに気づいた。 まるで、私たちが知っているケンジとは違う、 別の何かが鏡の中にいる ような。 「おい、ケンジ! 鏡がおかしいぞ!」 私が叫ぶと、ケンジは振り返った。 鏡の中のケンジは、まだ戸棚の方を向いたまま、 ゆっくりと首をこちらに傾けた。 そして、鏡に映る「ケンジ」が、 ニヤリと笑った ように見えた。 その瞬間、戸棚の扉が、 音もなく、ゆっくりと開いた。 中には、何もなかった。 ただ、 古い彫刻刀 が一本、無造作に置かれていただけだ。 ケンジは「なんだよ、つまんねえな」と舌打ちしたが、 彼の顔色は 青ざめていた。 なぜか、鏡の中のケンジは、 まだ戸棚の前に立ち尽くしている。 そして、その手には、先ほどまでケンジが持っていたはずの 「魔導書」 が握られていた。 その日以来、ケンジは学校に来なくなった。 連絡も取れない。 図工室の戸棚の奥からは、あの彫刻刀が見つかった。 そして、鏡に映る「ケンジ」が、 未だに戸棚の前で、 虚ろな目でこちらを見ている と、 教室を通りかかる生徒たちが囁き合うようになった。 でも、一番恐ろしいのは、 あの鏡に映る「ケンジ」は、 私たちが知っているケンジではない、ということだ。 だって、 本当のケンジは、今も私の隣で、静かに彫刻刀を研いでいる のだから。

— END —

このお話、どうだった?

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