女子更衣室の透明な視線

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「ねぇ、今日の部活、なんか変じゃなかった?」 午後の体育館。 汗の匂いと消毒液の混じった独特の空気が充満する中、 親友のミキが小声で話しかけてきた。 女子更衣室は、いつもなら部活終わりの賑やかな声で溢れているはずなのに、 今日は妙に静かだ。 特に、いつも一番うるさいはずのマネージャーのサトミが、 今日の部活中、ずっと無言だったのが気になった。 「変っていうか、サトミちゃん、いつもより大人しかったよね。なんかあったのかな」 私もそう思っていた。 サトミちゃんは、私たちが着替えている間も、 スマホをいじったり、友達と内緒話をしているだけで、 私たちの会話にはほとんど加わってこなかった。 しかも、時折、こちらをじっと見つめているような気がしたのだ。 「うん、それだけじゃなくてね。なんか、誰かに見られてる気がしたのよ、ずっと。 着替えてるときも」 ミキはそう言って、こっちの着替えをちらりと見た。 確かに、更衣室のドアは閉まっている。窓もない。 のに、そんなことを言われると、なんだか背筋が寒くなった。 「気のせいだよ。疲れてるんじゃない?」 そう言って、私も自分のロッカーを開けた。 制服のスカートを脱ぎ、ジャージのスカートを履こうとした、その時。 「――っ!」 スカートの裾が、指先で、ほんの少しだけ、引っ張られた。 ほんの、触れるか触れないか、くらいの強さで。 まるで、誰かが私のスカートの裾を、そっと、なぞるように。 「……!」 慌ててスカートを掴む。 ミキも、私の顔を見て、びくりとしている。 「今の、何……?」 「……わかんない」 二人で顔を見合わせる。 更衣室には、私たち二人しかいない。はずだ。 さっきまで、他の部員もいたけれど、みんなもう着替え終わって、先に帰っていった。 「もう、早く帰ろ」 ミキが焦ったように言う。 私も、もうこの場にいたくなくて、急いで着替えた。 ロッカーの鍵を閉める時、ふと、背後の空間が、ほんの僅かに歪んだような気がした。 気のせいだろうか。
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怖さを変えて作り直す

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