女子更衣室の透明な視線
1
「ねぇ、今日の部活、なんか変じゃなかった?」
午後の体育館。
汗の匂いと消毒液の混じった独特の空気が充満する中、
親友のミキが小声で話しかけてきた。
女子更衣室は、いつもなら部活終わりの賑やかな声で溢れているはずなのに、
今日は妙に静かだ。
特に、いつも一番うるさいはずのマネージャーのサトミが、
今日の部活中、ずっと無言だったのが気になった。
「変っていうか、サトミちゃん、いつもより大人しかったよね。なんかあったのかな」
私もそう思っていた。
サトミちゃんは、私たちが着替えている間も、
スマホをいじったり、友達と内緒話をしているだけで、
私たちの会話にはほとんど加わってこなかった。
しかも、時折、こちらをじっと見つめているような気がしたのだ。
「うん、それだけじゃなくてね。なんか、誰かに見られてる気がしたのよ、ずっと。
着替えてるときも」
ミキはそう言って、こっちの着替えをちらりと見た。
確かに、更衣室のドアは閉まっている。窓もない。
のに、そんなことを言われると、なんだか背筋が寒くなった。
「気のせいだよ。疲れてるんじゃない?」
そう言って、私も自分のロッカーを開けた。
制服のスカートを脱ぎ、ジャージのスカートを履こうとした、その時。
「――っ!」
スカートの裾が、指先で、ほんの少しだけ、引っ張られた。
ほんの、触れるか触れないか、くらいの強さで。
まるで、誰かが私のスカートの裾を、そっと、なぞるように。
「……!」
慌ててスカートを掴む。
ミキも、私の顔を見て、びくりとしている。
「今の、何……?」
「……わかんない」
二人で顔を見合わせる。
更衣室には、私たち二人しかいない。はずだ。
さっきまで、他の部員もいたけれど、みんなもう着替え終わって、先に帰っていった。
「もう、早く帰ろ」
ミキが焦ったように言う。
私も、もうこの場にいたくなくて、急いで着替えた。
ロッカーの鍵を閉める時、ふと、背後の空間が、ほんの僅かに歪んだような気がした。
気のせいだろうか。