メイドの執着
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「ねぇ、そこの人、ちょっといい?」
振り向くと、黒いミニスカートに網タイツ、派手なメイクのギャルが立っていた。
マッドシティ・アダ地区のネオンが、彼女の全身を妖しく照らしている。
真夜中のこの地区は、酔っ払いや夜職の女性、そして俺みたいな訳ありの人間で溢れかえる。
「…何?」
「なんかさー、最近、うちの店によく来るお客さんがいるんだけど、顔が怖いのよ。
なんか、ねっとりしてるっていうか…」
ギャルは不安げに顔をしかめた。
彼女が指差すのは、この地区の奥まった路地にある、古びた風俗店だ。
「それで、そのお客さんが、あたしに何かを頼むんだけど、それがまた気味が悪いの。
『あのメイドさんの、一番新しい動画、どこで見られる?』って。
メイドさん? うち、メイド喫茶じゃないし、メイドなんて一人もいないんだけど…」
俺は眉をひそめた。
メイド。
この地区では、その言葉は特定のサービスを連想させる。
「で、その度に、うちの店にいる、一番清楚な子を指名してくるらしいのよ。
なんか、わかる?」
俺は、彼女が指す「清楚な子」を思い浮かべた。
AV女優を引退して、この地区でひっそりと働いているという、元・清楚系女優のA子だ。
彼女は、その清廉なイメージとは裏腹に、どこか影のある、掴みどころのない雰囲気を纏っていた。
「そのお客さん、顔はどんな感じなの?」
「それがねー、いつも暗いからよく見えないんだけど、なんか、こう、口元が…」
ギャルは、自分の口元を指でなぞりながら、言葉を探しているようだった。
「…うん、それで、そのお客さん、今夜も来るって言ってたんだ。
ねぇ、もし、もしよかったら、うちの店に来てくれない?
なんか、不気味だから、一人でいると怖いんだ。
…あと、もし、あの『メイド』のこと、何か知ってたら教えてほしいんだけど…」
ギャルは、俺の返事を待たずに、早口でまくし立てた。
俺は、彼女の顔から目をそらした。
この地区では、日常と非日常の境界線は曖昧だ。
そして、俺は、その曖昧な境界線に、いつの間にか足を踏み入れていた。
「…わかった。行ってみるよ」
俺がそう答えると、ギャルの顔に、わずかに安堵の色が浮かんだ。
彼女が指差す風俗店の明かりは、この暗い夜道で、まるで誘蛾灯のように揺らめいていた。