アダ地区の忘却
2
息苦しい熱気
マッドシティ・アダ地区は、今日も息苦しい熱気に包まれていた。
アスファルトは溶けるように撓み、錆びついた看板が錆びた空に虚しく揺れている。
俺は、この地区の長を自称するデスーザに呼び出された。
彼は、地区の片隅にある、崩れかけのトレーラーハウスに住んでいる。
「ようこそ、取材者さん。
近頃、この地区で奇妙な噂があってな。
聞かないか?」
デスーザは、日焼けした顔に深い皺を刻み、俺を見上げた。
彼の目は、まるで乾いた大地のようにひび割れていた。
「奇妙な噂、ですか?」
「ああ。
夜になると、奴らが現れるんだ。
姿は見えねぇ。
だが、確かにそこにいる。
静かに、静かに、俺たちの足元を這い回るような…そんな気配だ。」
デスーザは、言葉を選ぶようにゆっくりと続けた。
「奴らは、俺たちの『記憶』を盗む。
いや、正確には『忘却』を植え付ける、と言うべきか。
昨日まで確かにあったはずのものが、ふと、跡形もなく消え失せる。
昨日の晩飯の味。
数年前に別れた恋人の顔。
子供の頃の、一番楽しかった思い出。
それらが、まるでないかのように、俺たちの頭から抜け落ちていくんだ。」