アダ地区の忘却

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息苦しい熱気 マッドシティ・アダ地区は、今日も息苦しい熱気に包まれていた。 アスファルトは溶けるように撓み、錆びついた看板が錆びた空に虚しく揺れている。 俺は、この地区の長を自称するデスーザに呼び出された。 彼は、地区の片隅にある、崩れかけのトレーラーハウスに住んでいる。 「ようこそ、取材者さん。 近頃、この地区で奇妙な噂があってな。 聞かないか?」 デスーザは、日焼けした顔に深い皺を刻み、俺を見上げた。 彼の目は、まるで乾いた大地のようにひび割れていた。 「奇妙な噂、ですか?」 「ああ。 夜になると、奴らが現れるんだ。 姿は見えねぇ。 だが、確かにそこにいる。 静かに、静かに、俺たちの足元を這い回るような…そんな気配だ。」 デスーザは、言葉を選ぶようにゆっくりと続けた。 「奴らは、俺たちの『記憶』を盗む。 いや、正確には『忘却』を植え付ける、と言うべきか。 昨日まで確かにあったはずのものが、ふと、跡形もなく消え失せる。 昨日の晩飯の味。 数年前に別れた恋人の顔。 子供の頃の、一番楽しかった思い出。 それらが、まるでないかのように、俺たちの頭から抜け落ちていくんだ。」
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怖さを変えて作り直す

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