1
「〇〇〇〇(某通信会社)お客様センターです。わたくし、オペレーターの田中が承ります。」 いつものように、無機質なコールセンターのブースで私は応対していた。 流れてくるのは、インターネットが繋がらない、料金がおかしい、といった、ありがちな問い合わせばかり。 そんな中、一本の電話がかかってきた。 発信元は不明。 プツリ、というノイズと共に、ひどく掠れた声が聞こえてきた。 「あの……すみません……」 「はい、わたくし田中が承ります。どのようなご用件でしょうか?」 「あの……私の、声が、聞こえますか?」 奇妙な質問だった。 もちろん聞こえている。 むしろ、その声が原因でこの電話に出ているのだ。 しかし、相手の声の震えが尋常ではない。 まるで、極度に怯えているかのようだ。 「はい、はっきりと聞こえております。ご安心ください。」 「よかった……。 あの、私、今、ずっと、誰かに、見られてる気がするんです……」 「見られている、とは……? どちらかの場所にお一人でいらっしゃいますか?」 「はい……。 でも、部屋の、どこにも、誰も、いないんです。 でも……でも、ずっと、視線を感じるんです……。 壁の、向こうから、とか……天井から、とか……」 相手の声は、どんどん小さくなっていく。 まるで、話していることが誰かに聞かれているのを恐れているかのようだ。 背筋に冷たいものが走った。 「あの……お客様。 もし、ご自宅にいらっしゃるのでしたら、窓やドアはしっかり閉められておりますでしょうか?」 「はい……。 でも、隙間から……隙間から、覗かれてるような……」 「隙間、ですか……。 でしたら、一度、お部屋の鍵をかけ直して、落ち着いてみてください。 もし、ご不安でしたら、ご家族の方などに連絡されてはいかがでしょうか?」 「家族は、いません……。 一人なんです……」 そこで、相手の声が途切れた。 ノイズがひどくなる。 そして、まるで喉を掻きむしるような、不明瞭な音が聞こえてきた。 「……ん……ご……、……だ……」 「お客様? 大丈夫ですか? もしよろしければ、一度電話を切って、再度かけ直していただけますか?」 返事はない。 ただ、かすかな呼吸音と、何かを引きずるような音が聞こえるだけだ。 私は、相手が切断するのを待つことにした。 しかし、一向に切れない。 「……もしもし、田中さん……」 相手の声ではない。 別の声が混ざっていた。 それは、先ほどの怯えた声ではなく、もっと低く、静かで、どこか嘲るような声だった。 しかも、その声は、私のすぐ隣から聞こえてくるかのようだ。 「……どこから、聞こえているんですか?」 思わず、隣のブースの同僚に話しかけるような口調で聞いてしまった。 「……田中さん、どこで、話してるんですか?」 返ってきたのは、同僚の声ではなく、またしても、あの掠れた声だった。 しかも、その声は、先ほどよりもずっと近く、鮮明に聞こえる。 「……僕の声、聞こえてますか?」 「……え?」 「僕、ずっと、田中さんの、声、聞いてましたよ」 ―――ガシャン! 突然、電話が切れた。 私は、呆然として受話器を握りしめた。 耳鳴りのようなノイズが、まだ残っている気がする。 隣のブースの同僚に、どうしたのかと聞かれたが、うまく言葉が出てこない。 「……あの……」 ふと、自分の声が、いつもと違うことに気づいた。 まるで、喉の奥から、無理やり引きずり出されるような、掠れた声。 「……すみません……」 私は、自分の声が、あの電話の相手の声と、酷似していることに気づいた。 「……大丈夫か? 田中」 同僚が心配そうに覗き込んできた。 私は、笑顔で応えようとした。 しかし、口元に現れたのは、不気味な笑みだった。 そして、その時、自分の背後から、冷たい風が吹き抜けるのを感じた。 まるで、誰かがすぐ後ろに立っているかのように。 背筋に、ぞわり、と悪寒が走る。 振り向くことはできない。 だって、もし振り向いて、そこに誰もいなかったら―――。 いや、そんなことはどうでもいい。 問題は、今、私の耳に、あの電話の相手の声が、絶えず響いていることだ。 「……田中さん……見られてる……」 ……私自身が、今、誰かに見られている。 このコールセンターの、このブースから。 ―――プルルルル…… また、電話が鳴った。 発信元は、先ほどと同じ、不明瞭な番号。 「〇〇〇〇(某通信会社)お客様センターです。 わたくし、オペレーターの田中が……」 私の声は、もう、もはや、私のものではなかった。 「……ええ、聞こえていますよ。 ……ずっと、聞いていましたよ。」 私は、受話器の向こうから聞こえてくる、あの懐かしい声に、微笑みながら答えた。 「……壁の、向こうから、とか……天井から、とか……」 そして、自分が、いつの間にか、壁の向こう側、あるいは天井の裏側、どこか暗く狭い場所から、このコールセンターを、そして、この「田中」というオペレーターを、静かに見つめていることに気づいた。 私の声は、もう、ただの「声」ではなく、この世界に干渉するための、唯一の「道具」になっていたのだ。

— END —

このお話、どうだった?

こわい話ソムリエの一言

いや〜、最後は自分の声があの相手の声に似てくるのが怖いね!コールセンターのブースが、いつの間にか『暗く狭い場所』になってたっていうのが、またイヤ〜な感じだね。

怖さを変えて作り直す